日本一周バイクの旅 73日目 岩手県 -地震の痕 津波の痕-

今日は一日中雨の予報だし、Goproのメモリー容量が限界に近いので、インターネットカフェにこもります。

 

ネカフェにこもって、動画・写真の整理しながらブログ書いてるんだけど…ツラいのよ!!

福島県と宮城県を見てきて、人々の親切をもらった今!

 

以下、福島・宮城を経験した感想をまとまりなく感情のままに書いてます。

 

 

地震で津波が起こったとき僕は学生で、休み時間中だった。

同級生が携帯電話見て「ヤバいヤバい」と騒いでた。

何がヤバいのか携帯電話を覗くと、津波に家や車が飲み込まれる映像が流れてた。

よくできたCG映像だと思ってた。映画のワンシーンかと思ってた。

 

僕は自分のこと好きだし、どこに出しても恥ずかしくない立派な人間だと思ってるけど…

今回は滅入ったね。

 

亡くなった人々を悼むとか、復興の苦労を思うとか、そういうんじゃなくて(そういうのもあるけど)、

[ 今となっては ]の話になるけど、このへんには友人・知人・気の合う仲間たちがいて、地震津波原発で大変な目に遭ってるわけよ!

それなのに、なにもしなかった自分。

たまに見かける募金箱に小銭を入れるくらいしかしてなかった。

こういう人間にもこっちの人は親切を向けてくれるのよ。

 

家に泊めてくれてこんなに立派な食事を出してくれるのよ。

 

バイク部品の替えが有るからおいで。って声をかけてくれるのよ。

 

地震津波原発のことはチラッと耳にして知ってたけど、それ以上は知ろうともせずに当事者を回避してた。

僕はテレビを見ないから、自ら得ようとしないと情報は得られないから、

「遠いどこかの、知らない誰かの悲劇」だった。

 

どこの出かも分からない流れ者(僕)に好意をくれた人々が死にかけている状況。

こんなに自分を嫌ったことはないね!

自分自身に失望した。

この経験は僕を人間らしくした。

自分自身に「所詮、お前はこの程度の人間なんだぞ!」ってぶん殴られた気がする。

精神の鍛錬が足りなかった。自分へ向かう我慢とか根性じゃなくて、周囲へ放つ思いやりとか真心とかそういうのが完全に足りてない。

お勉強して、モノを知ってるだけじゃあ人間は務まらないってことを思い知った。

 

実際に何もないところを走ってみて、そこに住んでる人たちの話を聞くと、現実のリアルなのよ。

 

山の上から町を見下ろして「あの辺はいっぱい家があったんだけど全部流されちまったよ、アハハ」なんて話を聞かせてくれた人がいたけど、ごめんやけど笑えんのよね。

 

「熊本地震では福岡も大変だったろ?」なんて問われても、答えられんのよ。

ここに来るまでは「熊本地震では世界の終わりかと思いましたよアハハ」って返してたんだけど。

でも、こっちの人たちは大変な目にあってるから、「大変」っていうのが分かってるんよ。

それは、たぶん僕が知ってる「大変」とは桁が違うんよね。

 

僕は田舎者だから「ウチのまわりは何もないよ」なんて言うことが多いけど…有るわ。

田んぼがあるし、舗装された道路も、信号も、電柱も、民家も、ちゃんと有るんよね。

コッチの海沿い田舎は、荒れ地の間をオフロードが走って、海・川側には高い防波堤と慰霊碑があるだけ。道路は工事中ばっかりでまともに走れないのよ。

 

見てよコノ堤防の高さ、10トンダンプカーの高さの倍はあるよ。

 

悔しいでもなく、悲しいでもなく、

なんて言ったらいいのかわからん。

こんな経験したことない。

言葉を知らない。言葉にならない。

おわり。